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ウィル禁ソンと白幻のカエルレウムと日常のこと

片付け

リガディンドンリガディンディンドン どうもウィル禁ソンです。

タイトルテーマが「片付け」ですが、最近断捨離をしました。最近って言っても2月だけど。

自分、昔から整理整頓片付け掃除があまり得意な方じゃなくて、小学生中学生の時は机の3分の1のスペースで作業してたくらいです。だから本当に言っちゃえば汚いタイプなんですよね。

 

でも、大人になり、徐々に徐々に克服しつつたまに乱雑です。

今は落ち着いてます。でも掃除が微妙。

片付けをしようというそのきっかけは、知人が片付けに対してこだわりが強いタイプで。こんまり先生とかその辺の本を読んでて色々教えてくれるのです。

で、なぜかそれが”片付けは自分のやりたいことが見えてくる”みたいないわば自己啓発系の境地の行動に感じたんです。

それが魅力的に思えてきて、「やろう」となって、溜め込んだものを処分しては溜め込み、処分しては溜め込みのサイクルで回ってます。

 

そうして片付けしていくうちに、残ったものが自分の場合

本(「美術」「同人」)「オタク関連フィギュア」「黒系の服」「アクセサリー」「ぬいぐるみ」

が主な分類になりました。知人曰く、部屋のものが即ち自分の脳内だと。

ならば、逆説的に「なりたい自分のモノ」を集めていけば、なりたい自分に近づける可能性がある、ということです。

 

いや、人によってはそんなの当たり前じゃん!って感じかもしれないですけど、乱雑にあちこち置いて、もらったもの、なんとなく暇だから買ったもの、その時の気分で欲しかったもの、便利だけど数回しか使ってないもの、で溢れていた私からすれば、それは画期的なアイデンティティの確立になるわけです。

なりたい自分を知れる、っていうのはすごく大きな武器になる気がしていて。

だから、買う時点で、便利かつそれは私の目指すモノか?という視点で購入するようになれば、無駄が大幅に省けるわけです。それってお金の節約にもなるし、いいことづくめでは?という若干のミニマリズム思考ですが。

シンプルに生きる、って溢れる情報の情報化社会の中で実は結構、難しくてかつ賢い生き方なのでは?と感じました。

 

ミニマリストまで極限にモノを減らすというのは個人的にはまだまだその境地には至ってないので、ここまでやって「普通」な私の発見というか。

私は部屋において「美術的知識を持ったアーティスト兼物語執筆者」になりたいと思ったのですよね。その過程で「東京や北海道の外に行きたい」からイベントにも使う旅行バッグなども置いてますし。

なので、部屋の「美」を追求し、なりたい自分に近づけるのなら、削除できるところは削除してもいいと思うんですよね。

今の課題は「その時はすごくいいと思ったが、今は普通かつ価値があるような気がするもの」(コンマリ先生曰く今は”ときめかない”もの)をどうするかを考えてます。

 

ものが集まった部屋って過去への自分の執着に決別できてないか、未来への不安で溜め込んでる、っていうのは的を得ているの、「まさに!」という感想です。

今を生きるためにはその時その時の選択を大事にして、なりたい自分になると思えば、捨てるという行為がいかに必要な過程か、ってことであります。

 

まぁ本に書いてたことを実践したら、まさにそんな気持ちになるというだけの話でした。